中国が本腰を入れる水質汚染対策

目次

1. 水質汚染の状況中国では

都市化に伴う人口の集中や産業の拡大によって、水不足が深刻化している。中国水利部のまとめによれば、1 人当たりの平均水資源量は 2,200 立方米で、これは世界平均の 7,000 立方米のおよそ 4 分の 1 しかない(日本はおよそ 3,300 立方米)。特に北方地域は慢性的な水不足で、政府は南方地域の水を北方に送る「南水北調」計画に大規模な投資を行っているが、生活排水と工業汚水の 8 割が処理されないまま排出されるなど、貴重な水資源に重度の汚染が広がっているのが現状だ。

中国環境保護部が 2014 年に長江、黄河、珠江、松花江、淮河、海河、遼河の七大流域および浙閩片河流、西北諸河、西南諸河を対象に行った水質調査では、「地表水環境質量標準」で定められるⅠ類(飲用できる水源)が全体の 2.8%、Ⅱ類(軽度の汚染、生活飲用水)が 36.9%、Ⅲ類(ある程度の汚染、生活飲用水)が 31.5%、Ⅳ類(工業用水や人体が接触しない娯楽用水域向け)が 15.0%、Ⅴ類(農業用水や景観用水域向け)が 4.8%、劣Ⅴ類(重汚染、利用不可)が 9.0% という状況で、主に有機物汚染指標である COD(化学的酸素要求量)や BOD(生物化学的酸素消費量)、T-P(総リン)の値が基準を超えていた。

中国環境保護部「2014 中国環境状況公報」より

最も汚染のひどい海河は、華北地域を流域とする大きな河川で、渤海へとつながっている。特に北京から天津を流れる支流と河南省から山東省、河北省を流れる支流で汚染がひどく、大半が劣Ⅴ類となっている。

海河流域の汚染状況 中国環境保護部「2014 中国環境状況公報」より

これは、上流部で都市化や工業化が進み、生活排水や工業排水が垂れ流しされている影響が大きい。渤海へ流れ込む排水は年間 2.99 億トンで、汚染原因物質の排出量は COD が 1.9 万トン、石油類が 29.3 トン、アンモニア態窒素が0.2 万トン、総リンが 247.3 トンに上る。汚染は地下水へも広がっており、北方 17 省・自治区・直轄市の 2071 カ所で地下水の水質を調べた結果、優良と評価されたのはわずか 0.5%で、良好が 14.7%、悪いが 48.9%、劣悪が 35.9%と、およそ 85%が汚染されている状況だ。水質の悪化に加え、過剰な取水による地盤沈下も深刻化しているという。

2. 政府は“水十条”で対策に本腰

中国政府はかねてより様々な環境汚染対策や水利計画を発表しているが、2015 年 4月に国務院は“水十条”と呼ばれる「水汚染防治行動計画」を公布した。これは 10 の分野に対する汚染防止方針を定めたもので、具体的に 240 件あまりの対策措置を示している。ちなみに、2013 年 9 月には大気汚染防止に関する“大気十条”が発表されており、近く土壌汚染防止をまとめた“土十条”も発表される見通しだ。

同計画では目標として次の項目を掲げている。

①2020 年までに全国で段階的に水質改善を進める。
②ひどい汚染水系を大幅に減らす。
③飲用水の安全保障水準を持続的に引き上げる。
④地下水の過剰な取水を厳格に制限し、汚染拡大を抑止する。
⑤沿岸海域の環境品質を安定的に改善し、京津冀・長三角・珠三角の水資源生態環境を改善する。
⑥2030 年までに全国の水資源環境の全体的な改善に力を入れ、水資源生態系機能を初歩的に回復する。
⑦今世紀中に水資源環境の全面的な改善と生態系機能の良性循環を実現する。

さらに主要な指標として次の内容を定めている。

①長江、黄河、珠江、松花江、淮河、海河、遼河の七大重点流域の水質について、2020 年までに 70%を優良(Ⅲ類以上)とする。
②地級以上の都市の市街地では悪臭のする汚染水系を 10%以内にする。
③地級以上の都市の飲料用水の水源の水質について、Ⅲ類以上の割合を 93%以上にする。
④全国の地下水について水質が非常に悪い割合を 15%程度にする。
⑤沿岸海域の水質についてⅠ類及びⅡ類の割合を 70%程度にする。
⑥京津冀地域の水質が劣Ⅴ類の割合を 15ポイント引き下げ、長三角・珠三角地域では使用できない水系の一掃を目指す。
⑦2030年までに七大重点流域について水質がⅠ類及びⅡ類の割合を 75%以上にし、市街地にある悪臭のする汚染水系を一掃するとともに、都市の飲料用水の水源の水質についてⅢ類以上の割合を 95%以上にする。

上記の指標を達成するための 10 分野にわたる措置は以下の通りだ。

①汚染物質の排出を抑止
②経済構造の転換とグレードアップ
③水資源の節約保護
④科学技術による支援強化
⑤市場メカニズムの発揮
⑥環境関連法規に基づく監督管理の厳格化
⑦水環境管理の強化
⑧水生態環境の安全保障
⑨責任の明確化
⑩住民参加と社会監督の強化

なかでも①の汚染物質の排出抑止については、以下のように工業・都市・農村・船舶港湾の 4 つに分けて、対策の重点と期限を明記している。

さらに省ごとに、同計画をベースにした具体的な作業方案と到達目標が示されている。例えば水質汚染が深刻な河北省の「河北省水汚染防治工作方案」では、三段階に分けた目標が示されている。

実際の作業にあたっては省内の各県にある環境保護局が指揮をとり、各県の財政局が必要な資金を用意するとしている。また各鎮や街道弁(市政府の出張所)、産業パーク等の園区管理委員会に対し、責任者と完了期限を明記した詳細な作業計画を策定するよう求めている。

3. 河川の汚染原因

中国の水質汚染の概要と政府による改善目標をみてきたが、実際には何によって汚染されているのだろうか。華北地域で比較的劣Ⅴ類の割合が少ない遼河の水質について、遼寧省環境科学研究院などのチームが 2011 年に調査を行っている(「水資源保護」第 27 巻第 4 期「遼河流域水質現状評価及其汚染源解析」)。

河北省廊坊市を流れる川 新華社より

研究チームは遼河流域の主要な支流 26 カ所で合計 468 のサンプルを集め、COD、BOD5、NH3-N、CODMn、揮発性フェノール、石油類の 6 つの指標について調査を行った。その結果、三大汚染原因は生活排水及び工業排水中の有機物、化学肥料や農薬、鉄鋼工場の排水に含まれる有毒有機物で、汚染に占める割合はそれぞれ 56.8%、18.2%、17.5%だった。

具体的には、遼河本流では BOD5 と COD の数値が他に比べて高かった。これは周辺に都市が集中しており、製紙業や牧畜業の占める割合が高いことから、排水に大量の有機物が含まれているためと分析する。また渾河と大遼河(渾河と太子河の合流地点から遼東湾に至るまでの部分)流域では NH3-N の数値が高く、こちらは付近の工業エリアに製紙、石油化学、冶金産業が集中しており、工場排水に大量の NH3-N が含まれているためとみている。太子河で揮発性フェノールの数値が高かったのは、付近にある本渓鋼鉄廠と北台鋼鉄廠がフェノールを含む排水を垂れ流ししているためと分析している。

また瀋陽薬科大学等の研究チームが行った調査では、大遼河流域の水に 13 種類の抗生物質が残留していることがわかった(「色譜」第 30 巻第 8 期 2012 年 8 月「大遼河水系河水中 16 種抗生素的汚染水平分析」)。

全国の各河川流域への抗生物質の年間総排出量(トン) 中国科学院 2014 年調べ

汚染の主な原因は畜産や養殖業で利用される抗生物質とみられ、スルファメトキサゾールが 20 カ所の調査ポイント全てで検出されたほか、一部でフルオロキノロン類の残留濃度が高かった。テトラサイクリンやクロラムフェニコールの検出率と濃度は相対的に見れば高くなかったが、これら 4種類の抗生物質は特に瀋陽市、本溪市、遼陽市の周囲に残留しているとの結果を明らかにしている。

なお環境保護部は、全国の主要河川にある 148 カ所の調査ポイントの水質を毎週調査し、公式サイト上で公表している。2016 年第 7 週(2 月 8-14 日)の調査結果は、調査を行った 141 カ所のうちⅠ類が 15 カ所、Ⅱ類が 64 カ所、Ⅲ類が 30 カ所、Ⅳ類が 20カ所、Ⅴ類が 0 カ所、劣Ⅴ類が 12 カ所だった。

全国の水質調査結果 http://datacenter.mep.gov.cn/report/getCountGraph.do?type=runQianWater

調査ポイントごとに過去 1 年間の調査結果が閲覧できる。画像は遼河流域の営口遼河公園の結果一覧

4. “水十条”で期待される経済効果

さて全国規模で一斉に行われる“水十条”の水質汚染改善政策は、いったいどのくらいの需要を生み出すのだろうか。2015 年 5 月に上海市政総院などが開催した水十条をテーマとする産業座談会の報道によれば、2020 年までに目標を達成するためには合計4~5 兆元(約 68~85 兆円)の資金を投じる必要があるという。他の試算では、環境産業製品やサービスの購入額といった直接的なものだけで 1.4 兆元(約 24 億円)、間接的にはさらに 5,000 億元(約 8.5 兆円)の需要が見込めるとしている。また環境保護部も GDP を約 5.7 兆元押し上げる効果があり、非農業就業者も 390 万人増加するとコメントしている。もちろん必要な資金を全額政府が拠出するわけではなく、民間投資なども含めての試算だが、この大きなビジネスチャンスには、環境技術を持つ企業のみならず、投資信託やファンドなども注目をはじめている。

“水十条”を柱として、水質汚染の防止・改善の取り組みに本腰を入れようとする中国に対し、技術的な支援やノウハウの提供ができる日本の役割は大きい。日本のすぐれた機械を持ち込むだけでなく、汚水処理のプロセス設計から、維持管理技術、適正な運営管理など、包括的な協力が必要になることは言うまでもない。特に農村対策においては施設を整備するだけではなく、農村住民への基本的な環境教育がなければ、新たな汚染が生み出され続けることになる。汚染除去や環境改善に関する技術を持ったメーカーだけでなく、教育や医療、農業など幅広い分野のノウハウが求められるだろう。

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