今さら聞けない「アジアインフラ投資銀行」の基礎知識

目次

1. 「アジアインフラ投資銀行」とは

アジアインフラ投資銀行(亚洲基础设施投资银行、Asian Infrastructure Investment Bank、AIIB)は、アジア太平洋地域のインフラ整備を支援する国際金融機関で、2013 年 10 月に中国の習近平国家主席が創設を提唱した。2015 年 6 月 29 日に創設メンバー57 カ国のうち 50 カ国と設立協定が結ばれ、2016 年 1 月にも運営がスタートする見通しだ。

AIIB の本部は北京に置かれ、初代総裁には金立群・元中国財政次官が内定している。金氏は後述するアジア開発銀行(ADB)で副総裁を務めたほか、世界銀行の副執行理事、政府系投資銀行・中国国際金融有限公司の会長(CICC)を歴任した金融エリートだ。英語とフランス語が堪能で、AIIB 設立に向けた準備においても臨時事務局長として大いに手腕をふるった。

金立群氏 (Boao Forum サイトより)

加盟国は 57 カ国で、うちアジアが 19 カ国、欧州が 17 カ国、中東が 9 カ国、旧ソ連が 7 カ国、オセアニアが 2 カ国、アフリカが 2 カ国、中南米が 1 カ国となっている(2015年 11 月 10 日現在)。G7 からはイギリス、フランス、ドイツ、イタリアの 4 カ国が加盟したが、日本と米国は参加を見送っている。また台湾は加盟を申請していたが、中国側に拒否されている。

創設メンバーの 57 カ国 (AIIB 公式サイトより http://www.aiib.org)

AIIB の資本金はおよそ1000 億ドル(約 12 兆円)で、中国が最大の出資国として 30.34%を負担している。AIIB では重要な決議事項には 75%以上の賛成が必要となるが、投票権は出資比率に応じて決まるため、単独で 26.06%の投票権を持つ中国が実質的な拒否権を握る形となっている。

現在は AIIB が支援を実施するにあたって環境や地域社会等に配慮する基準を定めたいわゆるセーフガード政策についての詳細を議論している段階で、併せて専門知識を持つ人材の確保が進められている。なおインドネシア財務省は 11 月 4 日に、最初の融資案件の一つであるインドネシアのエネルギーインフラ整備プロジェクトについて、融資に向けた準備が整ったと発言している。

2. なぜ中国は AIIB の創設に踏み切ったのか

中国は AIIB の創設趣旨について、公式サイトで以下のように説明している。

現在アジア地域のインフラ資金需要と利用可能な国際開発金融機関および二国間の資金財源の間には大きな開きがある。アジア開発銀行(ADB)は 2020 年までに毎年 7,300億ドルのインフラ投資需要があると試算しているが、これは現在の国や既存の国際開発金融機関の能力を大きく超えている。

AIIB 公式サイト http://www.aiib.org

確かに近年著しい経済成長を続けるアジアの国々のインフラ需要に対し、ADB による投融資は全く追い付いておらず、AIIB はこの膨大な資金ニーズに対応する新たな組織となる。発展を急ぐ途上国にとって、新たな資金の調達先が増えることは喜ばしいことであろう。

しかし、このような表向きの理由以外に、中国には AIIB を創設せざるを得ない事情がある。一つは国際政治的な思惑だ。中国はかねてから ADB や世界銀行など既存の国際金融機関に対し、中国の国力・経済力に見合った地位と権限を求めてきた。しかしこの要求が容易に実現するはずもなく、ならば自らが主導する新しい金融システムを構築することで世界に存在感を示そうとしている。もう一つは、国内経済の低迷を打開する突破口として、ひいては中国が国策として推進する「一帯一路」戦略(陸と海の新シルクロード構想)を支える屋台骨として、AIIB という枠組みの存在が欠かせないのだ。

中国は改革・開放政策で急速な経済発展を遂げてきたが、リーマン・ショックを経て成長が鈍化したことで基幹部門の過剰な生産力が明るみとなった。政府は旧型生産設備の強制廃棄を命じたり、大規模な企業再編を試みているが大きな効果は出ていない。なかでも鉄鋼は不動産市場の低迷や自動車の過剰生産で需要が減り、数年に渡って莫大な在庫が積みあがっている。セメントや一部の石油化学製品も同様の状況だと伝えられる。

そこで中国は、AIIB を通じて中国企業に海外進出の道を開き、過剰な生産能力と余剰労働力を途上国の道路や鉄道、港湾の整備に充てようと目論んでいる。周辺国への物流ルートが完成すれば、中国製品の新しい市場が開拓され、輸出が増えれば国内経済が再興するという長期的なプランの最初の一歩だ。

ThePAGE 2015.5.11 より

事実、中国の楼継偉財政相は 6 月に行われた創設署名式において「AIIB の設立は中国がアジアと世界の経済発展にさらに多くの国際的責任を担うもので、相互利益と共同発展の実現を促進させる重要な措置だ」と挨拶した。AIIB の域内創設メンバーは、中国の一帯一路戦略への支持を表明している国々で固められている。中国はアジアの途上国と一路一帯の沿線国を“運命共同体”と位置付け、その成長と発展を支援する傍ら、自国経済への支援もしっかり行う算段を整えている。

3. AIIB の課題とは

創設メンバーに 57 カ国が集まった AIIB だが、資金と運用のいずれの面でも課題は多く、見切り発車した感は否めない。

2014 年 10 月に行われた署名式の様子 智通財経網より

資金面では中国が最大の出資国となっているが、回収まで数十年かかるのが一般的なインフラ投資に、中国がいつまで資金を提供し続けられるのかが危惧される。中国は急速に進む高齢化や環境問題対策など多くの社会問題を抱えており、国内経済の低迷や輸入の増加などの影響から資本の流入よりも流出が増えているからだ。実際、中国は創設メンバーの申請を締め切った今年 3 月以降も執拗に日米に参加を求めている。日本政府の試算によると、参加すれば日本は約 30 億ドル(約 3600 億円)を拠出することになり、AIIB の資本金は一層厚みが増す。さらに日米のいずれかが加わることで、世界銀行やADB と同等の格付けが得られる可能性が高まり、マーケットでの資金調達がより容易になる。しかし両国が参加を見送ったことでアテが外れた AIIB にとって、資金調達は最も頭の痛い問題となっている。

また運用面おいても、中国は国際金融機関の運営に関するノウハウを持っていない。現在は加盟する先進国から専門人材の出向を受け入れたり、ADB を含む国際金融機関から人材の引き抜きを進めている模様だが、問題はそれだけではない。日米両政府が不参加の理由として挙げたように、設立にあたって国際組織として踏むべきステップを経ておらず、運営が不透明な上に理事会も常設されないことが決まっているのだ。本部を北京に置いてもなお、中国政府あるいは中国共産党の影響を受けずに独立した組織の自治ができるのか。前述した「一帯一路」戦略の成功は AIIB のインフラ投資にかかっているが、AIIB が中国の意向に沿って利用される可能性はないのか。アジアの途上国にとって借入先が増えるのは喜ばしいことに違いないが、むやみな融資によって環境破壊を引き起こしたり、人権問題を助長させては元も子もない。特にガバナンスに関しては日米が特に懸念を表明している部分だ。

なお AIIB の金立群総裁候補は、AIIB は既存の金融秩序や金融組織に挑戦を挑むものではないとした上で、まずは電力や道路建設への投資を行い、将来的にはヘルスケアや教育、環境保護といった分野へ投資を広げる可能性も示唆している。さらに投資案件の利益率は 6-10%が適切で、一部で損失が出たとしても大した問題ではないとコメントしている。また中国政府のシンクタンクである中国社会科学院財経戦略研究院の楊志勇研究員は、AIIB の審査における基本原則の一つとして「政治条件をつけない」ことを挙げており、世界銀行や ADB のように政治の透明度や人権問題を融資の判断基準にはせず、少ない条件で柔軟に審査し、審査にかかるプロセスも短縮すると説明している。

4. 米国に歩調合わせる日本

日本は米国に歩調を合わせる形で創設メンバーへの加入を見送ったが、現在も「国際金融機関にふさわしい基準を満たすことが必要だ」として加盟には慎重な立場を強調している。麻生副総理兼財務大臣も、AIIB に対して理事会の構成や審査について聞いているとした上で「返事がないものは判断しようがない」と述べているが、日中友好議員連盟として 5 月に訪中した自民党の高村正彦副総裁は、透明性などの懸念がある程度払しょくされれば参加を検討する可能性を示唆。公明党の山口那津男代表もかねてから「柔軟性を以て模索すべきだ」と述べており、10 月には北京で AIIB の金総裁候補と会談するなど前向きな姿勢を示している。

一方で、イギリスをはじめとする欧州諸国は、AIIB が生み出す莫大なマーケットでビジネスチャンスを得ようと必死だ。しばらくは慎重な姿勢を見せていたイギリスが 3 月末の締切直前に参加の意向を明らかにすると、ドイツ、フランス、イタリア、スイスが次々と加盟を申請した。参加を見送った日本について、メディアは「バスに乗り遅れた」、「アジア諸国に取り残された」、「国際ビジネスで不利になる」などと報道しているが、麻生副総理兼財務大臣は、AIIB への参加・不参加に関わらず日本企業が AIIB 関連の入札で受注するのは難しいとの見方を明らかにしている。というのも日米が主導するADBであっても日本企業の受注比率は 0.21%(2013 年)に過ぎないからだ。

安部総理は今年 5 月に開かれた国際交流会議「アジアの未来」で、ADB の融資能力を増強し、日本がさらなる貢献をしていくことを約束した。質の高い支援で引き続きアジアの国々との結びつきを強めていきたい考えを強調した形だ。具体的には年間の融資能力を 2017 年以降は 1.5 倍にあたる約 200 億ドルに拡大するが、加盟国への増資は求めず既存の資本を活用して資金調達を拡大するという。また ADB の中尾総裁は、9 月に AIIB の金総裁候補と北京で会談を行い、まずは ADB の手掛けるプロジェクトに AIIBが融資で協力できるかについて検討することで合意したと伝えられている。

全国人民代表大会常務委員会は 11 月 4 日、「アジアインフラ投資銀行協定」の内容を審議し批准した。同協定の規定によれば、10 カ国以上が各国政府の批准書あるいは同意書を提出し、かつ予定される出資総額の 50%以上が払い込まれた段階で発効となり、運営を始めることができる。10 月末時点ではミャンマー、シンガポール、ブルネイの 3 カ国しか手続きを終えておらず、中国の出資額を加えても全体の 30.91%にとどまっている。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

中国ビジネスをワンストップでご支援しています。クララオンラインは20年以上にわたり日本と中国の間のビジネスを牽引している会社で、日中両国の実務経験と中国弁護士資格を有するコンサルタントの視点・知見・ネットワーク・実行力を生かして、お客様の課題解決と企業成長を強力に支援しています。

Webサイトはこちら
>>日本企業の「中国事業支援」で実績20年以上 | クララオンライン

目次